コラム

第2回 「やりがい搾取」と手弁当の伝統

2026年9月24日

「やりがい搾取」という言葉がある。社会学者の本田由紀が2007年前後に提唱した概念で、適正な賃金や労働条件を保証しないまま、仕事に「やりがい」を付加することで、働く者から高水準の労力と時間を引き出す構造を指す。アニメ制作、保育、教育、介護——使命感の強い分野ほどこの構造に陥りやすいと、しばしば論じられてきた。やりがいを感じること自体は、もちろん悪ではない。問題は、やりがいが対価の代わりに支払われるとき——「好きでやっているのだろう」が「だから報いなくてよい」に転化するときに生じる。

この言葉を、弁護士会は他人事として読めるだろうか。

弁護士会の活動は、伝統的に手弁当で成り立ってきた。委員会活動は無報酬。法律相談も国選も当番弁護士も、採算を度外視した奉仕の色彩が濃い。そして、その蓄積には誇るべきものが多い。法律扶助は、国の制度が整うはるか前の昭和27年に日弁連が財団法人を作って始めた事業であり、その管理運営費は長く弁護士会等の寄付で賄われた。当番弁護士は「費用は、被疑者の負担にさせない」という原則を掲げて全国52会に広がった。ひまわり基金は東京弁護士会の1億円の拠出などを財源に発足し、弁護士ゼロ地域を一度は消滅させた。国が担うべき司法インフラを、弁護士は法律事務を独占する者の責務として自弁してきたのである(この歴史は本サイトの読み物・第3部第3話に書いた)。

これは誇るべき伝統である。ただし、この伝統には暗黙の前提があった。「経済的に余裕のある弁護士が、会費を納め、手弁当で会務と公益を担う」——いわば裕福な篤志家の互助会、という前提である。

その原型は古い。戦前には「弁護士試補は無給で当然」とされた時代があった。戦後、司法研修所出身の若手が一弁に入り始めた昭和20年代にも、先輩弁護士の「忠言」がこう記録されている。

「大先生の事務所にはいるということは仕事を教えてもらうためである。労働の対価を要求するのは間違いである。我々の若い頃には無給で働いたものですよ」

(全期会二十年p.42)

教えてやるのだから無給で当然——今日の言葉でいえば、やりがい搾取の論理そのものである。それでも当時この論理が通ったのは、修行の先に経済的自立がほぼ確実に待っていたからだと思う。無給の丁稚奉公は、回収の見込みが立つかぎり、投資として引き受けられる。回収の見込みがある投資は、搾取とは呼ばれにくい。

会務もまた、同じ設計の上にあった。委員会に時間を割いても、安定した本業があれば持ち出しに耐えられる。むしろ会務は人脈と信用をもたらし、長い目で見れば本業に還ってきた。手弁当は、経済的余裕という土台の上でだけ成立する美風だったのである。

その土台が、崩れた。

平成19年、法科大学院修了者と旧試験組が同時に修習を終えた「2007年問題」以降、会は急膨張し、就職難、軒弁、即独という言葉が定着した。経験5年未満の弁護士の所得中央値は、いまや300万円である。日弁連の理事会には、こんな発言が残っている。

「弁護士人口が2倍になった、やはり所得は半分くらいになるという嘆きを何人もの会員から聞いてきた」

(理事会議事概要・2021年度第4回)

働き方も分化した。企業内弁護士は令和7年に3,596人——平成19年の約19倍であり、東京では会員の10人に1人が企業・団体の中で働くまでになった。その多く(調査では86%)は、弁護士会費を所属企業に負担してもらっている。一弁の百年正史は、この慣行について静かに書いた。

「そのような慣行も、会への帰属意識を薄れさせ会務参加の意欲を低下させそうだ」

(百年正史p.496)

平日昼間の委員会への拘束は、企業に勤める会員にはそもそも難しい。経済的に苦しい会員には、時間の持ち出しがそのまま生活を削る。四半世紀前、司法制度改革審議会の席上で経済人委員が、自分たちが接する弁護士の中には弁護士会の活動に興味がない者もたくさんいる、と放った言葉は、当時は挑発として響いたかもしれない。いまや、それは会内の実感と地続きである。「手弁当でやるのが弁護士の美風」という同じ言葉が、余裕のある者への呼びかけだった時代と、余裕のない者への要求になりかねない現在とでは、まったく別の重さを持つ。

この変化は、当会にとってひとごとではない。一弁では、会員7,653名の半数超——52.5%——を64期以降の若手が占める。手弁当の前提が崩れた後に登録した世代が、いまや会の多数派なのである。会務の設計を変えることは、若手への配慮や施しではなく、多数派の現実に会の仕組みを合わせるという、ごく当たり前の話ではないかと思う。

ここに、見落とされがちな逆説がある。会員一人ひとりの余裕が失われていくのと同じ期間に、会の財政は、むしろ潤ったのである。会費収入は会員数に比例する。日弁連の単年度収入は平成21年度の45億8千万円から平成30年度には57億4千万円へ、翌年度への繰越金は13億円から47億円へ膨らんだ。会員は貧しくなり、会は豊かになった。日弁連が平成28年に史上初の一般会費減額に踏み切り、令和4年に再び引き下げたのは、この非対称への応答だろう。

だが、会費を下げても、会務の無償構造そのものは変わらない。金の再分配だけでは、会務に人は戻らないのではないか。

しかも、「育てるのだから自弁で当然」という発想は、会の内側だけのものではなかった。平成16年、司法修習生の給費制が廃止され、平成23年から貸与制が実施された。移行を決めた政府側検討会議の多数意見は、弁護士の所得は期を追うごとに増えているから返済できる、というものだった——弁護士の所得が坂を下り始めていた、まさにその時期の認識である。約68万筆の請願署名も、2,000人のパレードも、実施を1年遅らせるにとどまった。平成29年に修習給付金制度ができて給費は事実上復活したが、遡及適用はなく、新65期から70期までの約1万1,000人——全法曹の約4分の1——が「谷間世代」として制度の谷に取り残された(この経緯は読み物・第3部第2話に書いた)。法曹という公共財の養成費用を、志望者個人の使命感に付け替える。国家までが、やりがい搾取と同じ設計を選んだ10年だったと言えるように思う。

ここに、やりがい搾取という概念を借りる効用がある。

本田の定義は「働かせる側」の存在を想定する。だが、強制加入団体の会務には、明確な搾取者がいない。委員会を減らせずにいる執行部も、後任を探して若手に声をかけるベテランも、誰も悪意を持っていない。それなのに、「弁護士の使命」「公益的責務」という正しい言葉が、特定の会員——多くは、断りにくい立場の若手——への無償の動員として機能してしまう。

器の側の事情もある。日弁連の委員会・本部・ワーキンググループは約110。統廃合の指針を定めて毎年整理を重ねてなお、活動は「限界に近づいてきており」と公式記念誌自身が書く規模である。器の数だけ、埋めるべき椅子がある。椅子の数だけ、誰かの無償の時間が要る。誰も廃止を言い出せないまま続いている会議体は、思いのほか多いのではないか。

搾取者なき搾取。構造の問題である以上、個人の善意では解けない。設計で解くほかない。

しかも、この構造を放置して失われるのは、会務の担い手だけではない。

かつての弁護士は、事務所のボス弁や兄弁姉弁から、あるいは弁護士会の会務や交遊を通じて先輩やベテランから、暗黙知と実践知を伝授されてきた。会務は、無償の負担の場であると同時に、技能と倫理の伝承の回路でもあったのである。2007年問題以降、この回路が総体として細ったことは、一弁の百年正史も認めるところである。そして倫理の伝承の断絶は、やがて不祥事という形で現れた。破綻した非弁提携事務所の後始末に延べ約400人の会員が当たった令和の事件を振り返って、当時の一弁会長は述懐している。

「会員が急激に増え会員間の関係が希薄になって、先輩から、どういうことを弁護士はやってはいけないのかを教えてもらうようになっていないのだろうな」

(寺前隆・百年正史p.493)

弁護士自治は、国民の信を失えば法改正で消える制度である(読み物・第2部第4話)。会務と交遊の回路が細ることは、たんに会が寂しくなるという話ではなく、自治の土台が痩せるという話なのだと思う。手弁当構造の再設計は、だから、会員向けの福利厚生の問題ではない。自治の維持コストを、誰が、どのように分担するのかという問題である。

誤解のないように言えば、やりがいそれ自体は悪ではない。

昭和52年の日弁連会長選挙で、閑散とした選挙事務所に一弁の若手が自然発生的に集まり、壁一面に貼った集票表に数字を書き込みながら、我も我もと全国へ電話をかけ続けた「若手選対」の熱気(読み物・第2部第4話)。自治の危機に「人も出すし金も出す」と動いた先人の誇り。あれらの場面が美しいのは、余力のある者の、頼まれもしない自発だったからである。同じ行為でも、断りにくい力関係を通じて割り当てられれば、色は変わる。美徳は、強制された瞬間に搾取へ姿を変える。分水嶺は、やりがいの有無ではなく、任意性と対価の有無にある。

処方を考える前に、一つの分かれ道に触れておきたい。担い手の不足に、義務化で応える道である。公益活動を会員の義務とし、果たさない場合に負担金を課す制度設計は、複数の単位会が現に採用している。一定の合理性はあるのだろう。ただ、動員の不足を強制で埋める道は、やりがい搾取の解消ではなく、その制度化に近づくおそれがあるように思う。強制加入と強制会費の上に、さらに強制会務を積み増す前に、やるべきことがあるのではないか。

だから、処方は三つだと考える。

第一に、絞る。会務の全面棚卸しと委員会の統廃合で、無償の献身に依存しなければ回らない事業そのものを減らす。手を付けるべきは会員の意識ではなく、器の数である。すべての委員会に設置期限を付し、「なぜ残すのか」を定期的に説明させる。器が減れば、埋めるべき椅子が減り、動員の必要そのものが減る。

第二に、報いる。残す会務には、実費・日当・研修との連動など、対価の設計を正面から組み込む。「金の話をするのは品がない」という感覚こそ、やりがい搾取の温床である。公益活動に対価を払うことは、公益を汚すことではない。むしろ対価を明示することで、会務への参加は「余裕のある者の特権」から「誰にでも開かれた選択肢」に変わる。対価は金銭に限らない。会務が若手にとって、先輩の暗黙知に触れ、依頼者に出会う経路につながる場として設計されているなら、それも立派な対価である。伝承の回路の再建と、会務への報いは、同じ設計図の裏表だと思う。

第三に、開く。委員のかけもち制限と若手無償動員の是正で、会務への参加を「断れない義理」から「選べる貢献」に変える。会議のオンライン化と資料の事前共有を徹底すれば、平日昼間に会館へ行ける者しか参加できない構造は崩せる。企業に勤める会員が昼休みに30分だけ参加できる委員会は、技術的にはとうに可能なはずである。

手弁当の伝統は、捨てるべき遺物ではない。それは、経済的余裕という前提の上で見事に機能した、一つの時代の解だった。前提が変わったのなら、解も設計し直す——それだけのことだと思う。先人の手弁当が築いたもの——法律扶助も、当番弁護士も、ひまわり基金も——を次の百年に引き継ぐ道は、同じ犠牲を次の世代に求めることではなく、犠牲がなくても回る仕組みに作り直すことだろう。

やりがいは、搾取の燃料ではなく、参加の報酬であるべきだ。会務を担って誇りを感じられる会は、会務を断っても後ろめたくない会と、同じ設計から生まれる。

出典・注記

  • 発言等の引用の末尾に付した( )は出典を示す(略称p.頁)。頁は刊本の印刷頁による。
  • 「やりがい搾取(〈やりがい〉の搾取)」は社会学者・本田由紀が2007年前後に提唱した概念。本田由紀『軋む社会——教育・仕事・若者の現在』(河出文庫・2011年、原著2008年)ほか。
  • 全期会二十年=『全期会二十年』(第一東京弁護士会全期会・1973)。
  • 百年正史=『われらの弁護士会史 創立百年正史』(第一東京弁護士会・2023)。企業内弁護士の会費の企業負担の調査(86%)と引用はp.496、司法制度改革審議会での経済人委員の発言はp.478による。
  • 理事会議事概要=日弁連理事会議事概要(速報)。速報メモであり確定議事録ではない。発言者個人は特定していない。
  • 法律扶助(昭和27年・財団法人設立、寄付による管理運営)、当番弁護士(全国52会)、ひまわり基金(東京弁護士会の1億円拠出)の経緯は『日弁連六十年』(日本弁護士連合会・2009)による。詳細は読み物・第3部第3話「裕福という前提の崩壊」を参照。
  • 日弁連の会財政(単年度収入45億8千万円→57億4千万円、繰越金13億円→47億円)と会費減額(平成28年・令和4年)、委員会等約110と「限界に近づいてきており」の自己認識は『日弁連七十年』(日本弁護士連合会・2019)による。
  • 給費制廃止から谷間世代までの経緯(平成16年廃止法成立、政府側フォーラム多数意見、署名約68万筆・パレード2,000人、平成29年修習給付金、谷間世代約1万1,000人・全法曹の約4分の1)は『日弁連七十年』および読み物・第3部第2話「ロースクールの蹉跌」を参照。
  • 企業内弁護士の直近値(令和7年・3,596人)は『弁護士白書2025年版』基礎的な統計情報、経験5年未満の所得中央値300万円は『弁護士白書2023年版』(2022年の所得)による。
  • 「若手選対」(昭和52年日弁連会長選挙)は『青風―創立五十年に寄せて―』(第一東京弁護士会青風会・2001)p.65-66、「人も出すし金も出す」は『青風―創立三十年に寄せて―』(同・1984)p.58による。いずれも読み物・第2部第4話を参照。
  • 暗黙知・実践知の伝承の回路が細ったこと、非弁提携事務所の破綻への対応(延べ約400人)、寺前隆・元一弁会長の述懐(p.493)は百年正史による。詳細は読み物・第3部第3話を参照。
  • 一弁の会員数(7,653名・2026年7月1日現在)は日弁連「弁護士会別会員数」、64期以降の若手比率(52.5%・2026年7月30日時点)は本サイトによる独自集計(詳細は「私たちについて」の出典欄を参照)。
  • 引用中の「……」は中略を示す。